現地時間の12月1日、中東カタールの首都ドーハで第15回アジア大会が始まった。
盛大に行われた開会式では、韓国と北朝鮮の選手団が合同で入場行進を行い、その先頭には南北統一旗が翻っていた。

同じ民族がひとつの旗のもとに集うのは、別段、他国の者が兎や角言うことではなかろう。
ただ、全部ではないが、この統一旗に染みのように竹島が記されていることには抗議したい。竹島のサイズが実際より大きく、我が国に喧嘩を売っているとしか思えない。
それ以外にもこの統一旗には問題がある。
朝鮮総連の政治的な意図が垣間見られるのだ。そこには同時に、北朝鮮と連携した陰謀めいた匂いも嗅ぎ取れる…

この南北統一旗が世界的に知られる切っ掛けとなったのは、2000年のシドニー五輪の入場式だった。日本でも大々的に報道され、記憶に残っている方も多いだろう。
シドニー五輪の前に開かれた南北首脳会談と絡めて、民族融和・南北友好のシンボルとして高く評価された。
それに先立って、このデザインの統一旗が初めて公式に採用されたのは、91年に千葉県で行われた第41回世界卓球選手権だった。

我が国で初めて統一旗が振られたことを重要視する。
この大会では合同の入場行進だけではなく、南北統一チームが結成されていたのだ。
メダル獲得後の授与セレモニーでは国旗として統一旗が掲揚され、国歌としては民族歌謡「アリラン」が流された。
会場では民潭と朝鮮総連の関係者が共に統一旗を手にして声援を送ったと伝えられる。
何よりも、朝鮮総連が組織としてこの統一旗を快く受け入れている事実を重く見る。政治謀略に取り憑かれた総連幹部が、なぜ、簡単に北朝鮮国旗を手放したのか…
【総連が仕掛けたデザイン公募】
91年の世界卓球選手権までの動きは、どのようなものだったのか?それ以前に遡って、背景を追ってみよう。
一般的な事実としては、90年の北京アジア大会の南北統一チーム結成に向け、その前年の89年に開かれた南北体育会談で団旗統一の問題がテーマになったという。これは60年代に開かれた同様の会談で議題となって以来だ。
89年の南北体育会談では、白地にスカイブルーの半島が描かれた旗が用いられることが決定している。
これだけを見ると韓国と北朝鮮の事務レベル協議で、統一旗が暫定的に決定したように見える。
だが、80年代の半ばに、我が国で奇妙なキャンペーンが行われているのだ。
1985年夏、大阪在住の在日朝鮮人が知り合いに呼びかけて「南北選手団を共に応援する会」が発足している。
この会が製作した旗が“朝鮮半島をデザイン化”したものだった。
半島の色は不明だが、現行の統一旗デザインと大差ないと想像できる。
この半島をデザインした旗は、共同応援旗として5000本が製作され、85年8月のユニバーシアード神戸大会の会場で配られたという。
旗の製作を進めた在日朝鮮人は高賛侑なるジャーナリストで、朝鮮新報に当時の模様を詳しく書き記しているのだ。
これをもってデザインが朝鮮総連によるものとは軽々に断定できないが、高の手によるその記事には類推できる材料がある。
一文を見てみよう。
共同応援旗の反響は一定程度にとどまった。ところがこの発想は予想外の展開につながっていった。
一九九一年三月、札幌ユニバーシアード冬季競技大会が開催されたとき、総聨と民団は初めて南北選手団を共同で応援することに合意した。同胞たちは手に手に統一旗を持ち、「ファニョン(歓迎)、ファニョン」の大合唱で南北双方の選手にエールを送ったのである。
総連デザインの共同応援旗と現行デザインの統一旗の大きな違いがあれば、高は何らかの“断わりの一文”を挟み込んだだろうが、そのまま、関連付けて書いている。
この文章構成から推測すると、共同応援旗と統一旗は殆ど同一のものと考えるのだが、完全にウラが取れたわけではない…
これが、統一旗の背後にちらつく朝鮮総連の影なのだ。
さて、この推理は正しいか、どうか…
【統一旗が赤く塗り替えられる日】
統一旗のデザインが朝鮮総連の手によるものであったら、そこに問題があるのか?

ある…と断言しておこう。
2000年の南北共同宣言にあった高麗連邦制は、北朝鮮の主張が大きく反映されたものだった。そもそも「南北連邦制」は、1960年に金日成が提唱したものだ。それを知りつつ、金大中が追従したに過ぎない。
金日成の想定した連邦議会は、南北の人口に比例して議席が配分される為、人口が多い韓国が有利に見える。
しかし、韓国側に親北議員を生み出し、総数の3割を引き寄せれば、合法的に金正日が統一大統領になる計算だ。
決して絵空事ではない。
現実に、盧武鉉やその取り巻き連中のように、北朝鮮シンパが青瓦台を占領している。
また、北を敵視する国民が相対的に低下すれば、真実味が出て来るのだ。
金正日による水面下での韓国懐柔作戦は、金大中〜盧武鉉政権下で加速した。外交面ひとつを取っても、現在の韓国政府が北に呑み込まれ、身動きが取れなくなっていることが判る。
毒を飲まされた者は、毒を飲み続けなければならない。
盧武鉉の時代は、あと1年続く。1年もだ…
それは同時に金正日にとってのタイムリミットになるのか?
多くの識者は、南北融和時代が盧武鉉政権と共に終わると見ているが、早計は禁物だ。
1年後に野党ハンナラ党が政権を奪取できるという保証はどこにもない。
統一旗に描かれたブルーの半島が赤く染め変えられる可能性は常に、決してゼロではないのだ。
奉祝

敬宮愛子内親王殿下におかれては12月1日、5歳の御誕生日を迎えられた。

それに合わせ、去る11月24日、赤坂御所にて白馬にお乗りになるお姿などが報道向けに公開された。

お健やかな御成長を心より願い、御誕生日を慶祝いたします。
また11月30日、秋篠宮文仁親王殿下におかれては41歳の御誕生日を迎えられ、記者会見の内容が新聞各紙などで詳しく伝えられた。
同時に、御一家の最新の報道写真も配信され、すくすくとご成長される悠仁親王殿下のお姿も拝むことが出来た。

敬宮愛子内親王殿下、秋篠宮文仁親王殿下の御誕生日を国民の一人として慶祝すると共に、御皇室の千代八千代の栄えを謹んでお祈り申し上げます。
今年の最も喜ばしい報せが、悠仁親王殿下の御生誕であったことは言うまでもない。
しかし、そうした日本国民の感情を逆撫でする不敬な集会が開かれていたことを知るに及んで、哀しみと怒りを禁じ得ない。
【不敬を越えた畜生道の集い】
『週刊新潮』12月7日号の巻頭に、由々しき集会を伝える記事が掲載された。「マスコミの報道を正す会」本間尚代さんによる告発だった。
11月19日、都内で『週刊金曜日』主催の緊急集会が開かれた。そこで我らが御皇室を中傷する芝居が演じられたと言う。

その小演劇は、内容の詳細を文字にすることさえ憚れる不敬で、卑劣なものであった。
皇后陛下に扮した石倉直樹というコメディアンが、舞台で他の主席者と様々な掛け合い芝居を行った。その中身たるや戦慄すべきものだ。
本間女史によれば、親王殿下を模したという猿の縫いぐるみを高く放り投げたり、天皇陛下の過去の御病気を笑いの種にしたり、まことに信じ難い不敬な内容であったという。

断じて許せるものではない!
また、御皇室への愚弄とは別に、赤ちゃんに見立てた人形を粗雑に扱ったり、病いを笑いものにすることは、人間として許容される範囲を越えている。
彼らは自分たちが畜生道に堕ちた人間であることを自白しているようなものである。
この集会は年に1回以上のペースで行われる『週刊金曜日』主催のイベントであったという。
会場には2000人が集まったと伝えられるが、これを入場者や観客と表現するのは誤りである。単に「動員数」という。
本間女史によれば、会場の席に居た殆どが「9条の会」バッジを付けていたそうだ。仮装した政治集会であり、こうした手法は古いサヨクが度々使うものである。

実際に会場を訪れて一部始終を目撃、告発をした本間さん。ありがとうございます!
それでも、舞台上で御皇室への中傷が続く異常な事態に、会場は静まり返ることも多かったという。人間としての理性が僅かに残っているのだろう。
【国賊役者・石倉直樹とは誰か?】
『週刊金曜日』が北朝鮮賛美の記事を掲載していることから『週刊金正日』の愛称を貰っていることなどは有名だ。
筑紫哲也や本多勝一ら老害サヨクの吹きだまりであり、傷を舐め合って喜んでいるような自虐雑誌だが、一般誌というより機関誌に近い。
まともな日本人なら一生縁のない雑誌である。書店でも見かけない…
最大の不敬行為を働いた輩は、石倉直樹という無名コメディアンだが、どのような人物なのか?

今後の公演予定を見ると、他言無用というグループで12月9日にも舞台出演がある。公演会場は「三宅坂ホール」となっている。

HPは1日夕方に閉鎖された…
この名称では判らないが、実際は「社会文化会館5F大ホール」である。
この財団法人・社会文化会館は福島瑞穂が筆頭理事を務める社民党の牙城である。旧社会党時代に江田三郎が全国からカネを掻き集めて造ったボロ施設だ。
つまり、社民党シンパである石倉直樹は内輪で芝居をさせて貰っているに過ぎない。
だが、そこが問題である。

石倉は、皇后陛下の真似を持ちネタにしているという。
社民党は今でもこうした不敬芝居の最大の支援者なのだ。公党としてそれは許されるものではない。
そして『週刊金曜日』もまた、社民党のシンパで固められている。
【姜尚中も出演者名簿に…】
御皇室の中傷集会に出席した反日文化人は、佐高信、本多勝一、永六輔、上原公子(東京・国立市長)、中山千夏
などで、社民党シンパ・9条の会関係者で占められている。
筑紫哲也は急遽参加をキャンセルした模様だ。逃げ足が早いのがこの男の特徴だ。
また、当日現れなかったが出演者名簿には姜尚中や粱石日の名前があった。
同罪である。
また右翼を自称する雨宮処凛も飛び入り参加したという。この女は『週刊金曜日』に寄稿する常連だ。
在日文化人としてNHKに登場するようになった姜尚中を筆頭に、こうした不敬集会が在日文化人の手で立案・実行されている事態を重く見る。
佐高信や本多勝一も様々な媒体で在日であると指摘されているが、反論や告訴が一度もないことから事実を認めているに等しい。
在日外国人による他国のロイヤル・ファミリー罵倒が都内で堂々と行われて良いものか?
良いはずがない!
また同日の舞台では、在日外国人に対する興味深い“理解度”も見られた。
石倉直樹が園遊会での王監督の発言を揶揄した。
「王さんは“日の丸のおかげで優勝できました”と仰ってましたが、この人が日の丸のおかげなんて言うのは、おかしいじゃありませんか?」
どこが、おかしいのか?
王監督は、国籍こそ中華民国だが、台湾籍の父と日本人の母の間に生まれたハーフである。
ハーフが、日の丸を背にしたら問題でもあるのか?
決してそのようなことはない。
王監督は国民栄誉賞も授かり、日本のファンに支えられている存在だ。立派な紳士であり、日本国民の誇りだろう。
我が国に暮らす全てのハーフへの侮辱発言だ。これも許されない。
こうした何気ない舞台での発言に、逆に、反日文化人のあからさまな差別感情が垣間見られる。
我が国で声高に“外国人差別”を訴えるものこそ、実は差別を助長し続け、列島住民の亀裂を呼び込み、そこから得られる利権をあさろうとする者たちだ。
つまり、彼らは「在日差別の解消」を謳う一方、背後では在日利権をしゃぶり尽くしているのだ。それが今後、わが列島にどのような禍根を残すか、冷静に顧みる時期に来ているだろう。
【佐高信の倒錯した言論の自由】
御皇室中傷芝居を告発した本間女史によれば、「週刊新潮」の担当記者は何日もかけて集会関係者に取材を申し込んだと言う。
そこでやっと得られたのが、当日に総合司会をした佐高信のコメントだった。

「高貴な方の奥様と表現しただけなので皇室中傷ではない」
「受け取る側の問題でコメントする必要はない」
「そんなことを言うなら核議論と同じで、こっちも封殺するなと言いたいですね」
開き直るとはこのことだ。無様な詭弁である。
しかし、ここに反日ファシストたちが叫ぶ「言論の自由」の正体がある。こんな稚拙なレトリックでしか「言論の自由」を主張できないのか…
老害サヨクの語る“言論の自由”が何か透けて見えるコメントだ。連中が大声で叫ぶとき、それは政治的なツールでしかない。
本当に「言論の自由」を訴えたいのなら、隣国で進行する壮絶な言論弾圧の風景を直視せよ。中共にシッポを振りながら、同じ口で「言論云々」などと口走る輩を信用する者は、今や極少数だ。
この佐高信は、数年前までTVでもコメンテーターとして各局に出演していたが、今や出演要注意指定を受けている。
いまや旧左翼系の媒体に細々と登場するだけだ。完全に落ち目である。
そんな輩を祭り上げるのが『週刊金曜日』を吹き溜まりと呼ぶ所以である。
佐高信こそ、悪臭を振りまく己の醜態を呪え。
【反日ファシストの化けの皮】
新潮の記事は途中から読むに耐えないものであったが、同時に、『週刊金曜日』の実態、社民党支持者たちの腐った性根を白日の下に晒している。
見事に連中の化けの皮を剥ぎ、いかに老害サヨクがウソ偽りのプロパガンダを拡散しているか…正しく伝えている。
捏造宣伝機関であることを示す一文がある。
『週刊金曜日』編集人の北村肇は集会の模様について、こう書き記しているのだ。
受付を手伝ってくれた学生の言葉が印象的だった。「入ってくる人がみんなものすごい期待を持っているのがわかった。集会が終わり、帰って行く人の顔はキラキラしていた」
キラキラしていたそうだ。
勘違いしていたが『週刊金曜日』という雑誌はお子様むけの雑誌なのか?まともな大人が書き、読む文章にはとても思えない。
お花畑サヨクの面目躍如たる表現パターンである。
言論の裾野が広がる中、こうした組織による反日謀略宣伝を額面通りに信じる日本国民は、急速に減っていくことだろう。
だが、奴らが先細るのを見守る余裕はない。朝鮮総連とタッグを組む組織は、例えそれが公党であろうとも我が民族の手で追い詰め、破壊しなければならない。
参考情報:
チャンネル桜『報道ワイド』
週刊金曜日主催・緊急市民集会の実態www.ch-sakura.jp/hodo/election.htmlωid=178
【お断りとお知らせ】
御皇族方の画像を拝借し、掲載したことをお許し下さい。また、見苦しい単語と、愛らしい御姿が同じページ上にあることを御寛恕願う次第であります。
宮内庁より天長節一般参賀の概要が発表されました。
参入門:皇居正門(二重橋)
(午前9時30分〜午前11時20分)
お出まし(予定)
第1回 10:20頃
第2回 11:05頃
第3回 11:40頃
例年通り、午後の記帳も行われます
場 所:皇居内 宮内庁庁舎前特設記帳所
参入門:坂下門(午後0時30分〜午後3時30分)
天皇陛下萬歳!
【北ミサイル開発の父が日本に】
神奈川県警外事課は29日午前、在日朝鮮人の前会社社長宅を急襲した。
あの大騒動になった強制捜査から僅か48時間での捜索である。容疑は無許可で人材派遣業を営んだとする労働者派遣法違反だが、それは入り口に過ぎない。
堂々たる別件捜査である。いいぞ。

捜索を受けたのは、世田谷区の前社長宅、群馬県太田市のモーター製造会社、そして川崎市の「大宝産業」など計4ヵ所。
報道ではこの大宝産業を人材派遣会社としているが、川崎市川崎区下並木47番地にある「大宝産業株式会社」は金属工業・金属製品塗装に分類されている。
ミサイル部品なら簡単に造れそうな会社だ。
「大宝産業」前社長が、総連傘下の科協(=在日本朝鮮人科学技術協会)の元副会長で、現在は顧問を務める74歳の男だった。

やはり公安が照準を定めていたのは科協ルートだった。
それよりも、2日前の一斉捜索は前奏曲に過ぎず、今回の捜査こそ核心部に迫るものであった。
朝日・毎日・NHK・共同通信など親総連系メディアは隠蔽したが、産経・讀賣はこの人物のパーソナルデータを詳しく報じている。
「大宝産業」前社長は東大工学部卒で同大学の研究機関にも在籍。ミサイル推進技術専門の工学博士で、北朝鮮の「金剛原動機合弁会社」の経営にも参加。
98年のテポドン発射前後には万景峰号で頻繁に北と日本を往来し、この7月のミサイル乱射の直前にも北から戻ってきていたという。
公安当局はノドン・テポドンの開発に関わった可能性があると見ているようだ。
また宇宙工学アナリストの中冨信夫氏によれば、ロケットエンジン技術の権威で、極めて優秀な人材だという。
更に、中冨氏はこう指摘する。
「北朝鮮のフォン・ブラウンと呼ばれている。ブラウンと同じ役割をしているのではないか」
(29日『ニュースJAPAN』)
そこまでの人物なのか…大変なことである。
フォン・ブラウンとは、ナチス・ドイツでV2ロケットを設計した天才技術者で、米国亡命後はジュピターCロケットで米国初の人工衛星打ち上げに成功。アポロ計画の最大の立役者となった人物だ。

ヴェルナー・フォン・ブラウン
昨年、米ソ宇宙競争のドラマを見たのだが、フォン・ブラウンは、たった一人の頭脳で米国のロケット技術を支えた鬼才であった。この技術者が居なかったらアポロ計画はなかったのだ。
それに比せられるとは何を意味するのか…
【北ミサイル開発…謎の空白】
ミサイル・ロケット技術とは即ち、推進技術である。厳密な計算をもとに垂直に打ち上げるエンジン性能・設計に莫大な時間と労力が費やされる。
北朝鮮のミサイル開発の経緯を見てみよう。
第1期 1960〜79年
初期の戦術ロケット
第2期 1979〜89年
短距離弾道ミサイル
スカッド改、火星5号
第3期 1989〜98年
中距離弾道ミサイル
ノドン、テポドン
第4期 1998〜現在
長距離弾道ミサイル
テポドン2

この中で問題は第1期から第2期への移行だった。
北朝鮮は、ソ連から提供されたロケットを分解し、コピーしていたが、60年代末に関係が悪化。
金日成が直々に北京を訪れて中共に弾道ミサイル提供を求める。東風61の開発が進むが、推進役だった中共の中央軍事委員会の事務局長が失脚してしまう。
中ソの協力を得られなくなった北朝鮮が、自力開発に乗り出したのが79年のことだった。
定説では、その時に北朝鮮に技術協力したのはエジプトと見られていた。北朝鮮に一人もミサイル設計者がいなかった為、エジプトとミサイル開発で合意し、スカッドの改良が進められたと言われていた。
確かに、北朝鮮国内には居なかったが、日本在住の優秀な技術者が居たのではないか…
これは定説を覆すものかも知れない。
79年当時、「大宝産業」元社長は40代後半だった。その頃の行動記録を精査すれば、必ず符合する部分が出てくるだろう。
ちなみに北朝鮮製の火星5号はイランに売却され、1988年には主にバグダッドに向け88基を発射。多くの犠牲者を出している。
米軍のイラク空爆を非難しながらも北朝鮮を擁護するマスコミ・ジャーナリストは、そろそろ覚悟をしていたほうが良かろう。いったい北朝鮮製のミサイルで何人死んだのかな。
【極悪人を微罪でしか裁けず…】
点滴薬の密輸を謀った74歳の科協理事の妻も、「大宝産業」前社長もついに新聞・テレビでは実名も通名も明かされなかった。
嫌疑が微罪であるからだろう。
更に「大宝」の前社長のように我が民族を狙うミサイルを造ったとしても日本の国内法で罪に問うことは出来ない。今回は労働者派遣法違反で恐らく書類送検、罰金、数日の営業停止処分だけだ。
日本人の大量殺害に結びつく武器を準備しても、その罪科を司法が問うことは不可能なのだ。実に苦々しい。
スパイ防止法さえあれば、前社長などは即日拘禁だが、もしかしたら昨夜は自宅のベッドで安眠していたかも知れない。
そして、このように最悪の国家犯罪者を野に放つことが、スパイ防止法制定を阻んできた反日ファシストの真の目的だ。
国益を守り、我が民族の生命を守る為の法のどこが“軍国主義の復活”であるのか?
スパイ防止法制定は第一段階だ。反日組織の壊滅、売国奴の炙り出しには有効だが、まだ手緩い。
より強力な「国防保安法」の復活を求める。

リヒャルト・ゾルゲや尾崎秀実を死刑台に送ったのが、国防保安法だ。治安維持法や軍機保護法も死刑にまでは出来なかった。
ただし、罪刑法定主義の観点から、この前社長が新法で裁かれることはない…
朝鮮総連の大悪人たちをどう裁くのか?
メディアにも法律にも期待できないのならば、日本国民はあらゆる手段をもって朝鮮総連幹部を糾弾して行かなければならない。
最早、躊躇する必要などない。
わが民族を滅ぼそうとする朝鮮総連、その末端組織に至るまで徹底的に壊滅させねばなない。
これは民族と民族の闘いだ。
29日夜、一連の協議が終わったあと記者団の前に現れたヒル次官補は手短にこう語った。
「準備不足のまま6ヵ国協議に臨みたくない。我々のゴールは完全な非核化だ」
あらゆるメディアが協議は平行線のまま閉幕したと伝えている。

2日間、合計13時間以上に及んだ交渉は何ら進展しなかったのか?
北京に集まった米朝、そして中共担当者による話し合いは、6ヵ国協議のプレ会合ではなかった。実質的には北朝鮮の金桂冠とヒル次官補による米朝交渉であった。
米朝協議、米中協議、更に3ヵ国協議が断続的に行われたが、中共の武大偉外務次官は茶坊主に過ぎなかった。
6ヵ国協議再開の動きが北京発で伝えられた時、米朝の間で何か裏取引が行われたのではないか…との見方を示したが、今もその疑念は変わらない。
だが、今回の米朝直接交渉では、そうしたウラ取引材料よりも深刻な問題が浮上したようだ。
それは何なのか?
28日、平壌から高麗航空で北京に到着した金桂冠は、空港で、こう宣言していた。
「核実験を通じて米国への防御措置をとった。これから正々堂々とした地位で協議に出て行ける」

痛烈な先制攻撃だった。
金桂冠が言う「堂々とした地位」とは、核保有国としての立場を示す。つまり、核保有国と核保有国との話し合い。
6ヵ国協議は核削減交渉の場に転じたと主張したのだ。
【協議のテーマは激変したのか?】
これまで6ヵ国協議は、北朝鮮の核開発プログラムを阻止する為のテーブルだった。他の5ヵ国が、一方的に北朝鮮の核廃棄を求める話し合いである。
しかし、北朝鮮は核削減交渉にすることで、米国の核配備撤廃を取引材料にしたのだ。
北朝鮮が核を手放すと同時に、米国の配備済み核兵器も廃棄せよ…と云うことだ。
最悪の展開と言えよう。
安倍首相も28日夜「断じて核保有国とは認めない」と強い口調で牽制した。
日米ともに断固として北朝鮮を核保有国ではないとしている。中韓もこの点では一致しているが、これまでの国際社会の慣例としては微妙だ。
北朝鮮の主張に完全な誤りがあるとは言い切れない。
北朝鮮が核実験に踏み切ったら、それでジ・エンドだったのだ。
そうさせない為に、3年間の6ヵ国協議があったと言っても過言ではなかろう。
ムダに協議を引き延ばした中共は、取り返しのつかない結果を生み出した。どう責任を取るのか…
【協議再開は金正日の腹ひとつ】
12月中の開催は絶望的と見る。
核実験強行は、北朝鮮に有利に作用している。次の会合に向けて北朝鮮が「核保有国の立場」を取り下げるだけで、一歩前進した事になるだろう。

13時間の交渉の末、金桂冠は「本国に持ち帰って協議する」と言い残して釣魚台を後にした。
ボールが誰が持っている?
金正日ではないか…
我が国の担当者・佐々江アジア大洋州局長も北京に張り付き、米朝交渉の行方を見守っていた。逐次、ヒル次官補から説明を受けていたようだ。
韓国を無視して30日、成田に到着したヒル次官補もこう明言した。
「ボールは北朝鮮のコートにある」
結局、金正日の裁量で6ヵ国協議の開催時期は決まる事になったようだ。この状況変化を受け、再びブッシュが圧力一本に絞って臨んで来るか否か、米国も正念場である。
つい一週間前までは、12月上旬の協議再開が囁かれていたが、過去の協議同様、日程は後ろにずれ込むだろう。
30日、麻生外相も年内開催は困難との見方を示した。
「明日開かれても内容がなければ意味がない。(北は)極めて厳しい状況になりつつある。ここは辛抱強く行かなければいかない」
6ヵ国協議を“人質”に取られたままなら、米国は船舶検査など直接制裁に二の足を踏む。
緊張感を抱えて年を越すことになるだろう。つまり、金正日は生きたままクリスマスもお正月も迎える。
【先制パンチを浴びせたのは日本側】
当初、日朝間で拉致問題をテーマにした話し合いが行われる可能性も指摘されいたが、実現はしなかった。
佐々江局長が無駄足を踏んだ訳ではない。もとから日朝が北京で接触する可能性はゼロに近かっとと見る。
それは金桂冠が北京に登場する前日27日、我が国で何が起きたか考えれば判る。
そう、朝鮮総連関係施設6ヵ所への強制捜査だ。

警視庁公安部が東京本部に突入した時点で、日朝の接触などないことが決まっていた。

それは「圧力と対話」のバランスが圧力に大きくシフトした瞬間だったかも知れない。佐々江局長も心得ていた筈だ。
外務当局と公安当局がこうした問題で連携ミスを犯すことはない。朝鮮総連への捜索は常に高度な政治決断によるものである。
そして、北朝鮮の厚かましい態度表明を受けて、29日には再度、より強力なダメージを浴びせた。金正日に対する日本からのメッセージである。
それがこれだ!
↓

*ミサイル幹部については新エントリで…あしからず
11月30日、防衛省昇格法案が衆院本会議に緊急上程される。
緊急上程とは穏やかではないが、これは28日の安保委採択を狙っていた自民に対し、民主が反発。折衷案として30日の委員会採決、さらに衆院本会議での同日採決となったものだ。
それでも、つい10日ほど前、沖縄で民主党が安全保障問題で暴走していたことを考えるとスピーディーな展開だ。
あの民主党の急激な左旋回は何だったのか?沖縄の有権者を余りにバカにした態度ではないかね。
防衛省昇格法案は12月1日から参院での審議が始まり、年内に可決成立する見通しだ。
これで来年1月に、OBも含め防衛庁全職員の悲願だった「防衛省」が誕生する。

民主党が28日の採決に「待った」をかけたのは、どうやら民主党「政権政策」の原案公表と関係していたようだ。
安保問題という根幹の政策で統合失調症に陥っている民主党だが、原案では集団自衛権の行使を一部容認している。
「個別的、集団的といった概念上の議論の経緯に拘泥しない」
「わが国の平和と安全を直接的に脅かす急迫不正の侵害を受けた場合に限って行使する」
この原案は先の沖縄県知事選の時点で固まっていたものだろう。
応援演説の内容と事と随分違わないか。
それはともかく…この原案をまとめた責任者が民主党政権政策委員会のトップ赤松広隆だ。
民主党の最左派で「危険思想の持ち主」との印象が強いだけに意外である。
赤松の社会党時代の肩書きは党中央書記だ。いかにも暗黒そうな役職だが、その通りである。

こやつをイジメてやろう。
赤松元党中央書記は有力なパチンコ族議員で、日本遊技機工業組合の顧問まで務めていた。
在日朝鮮人利権の旨味を吸い続けていた人物である。
特に朝鮮総連系パチンコ企業から多額の政治献金を受けていたことで知られている。
そんな赤松元党中央書記の公式HPにある政策理念には…
あらゆる差別と特権を憎み
誰もが共生できる社会を目指します
などと掲げてある。
「特権を愛し」の誤植かな。
さて、民主党には白眞勲ら若手の「リベラルの会」が活発な活動を続けている。
その「リベラルの会」結成趣意書には第一項にこう書いてある。
自衛隊は専守防衛に徹し、一部の国を敵国扱いすることとなる集団的自衛権は行使せず、国連を中心とした集団的安全保障の確立を目指します。
28日に発表された「政権政策」原案とは大きな隔たりがある。
問題ないのか?問題あるだろ。
【非核ニ原則もまだ甘い】
今国会では、防衛省昇格法案が暗礁に乗り上げる危険な場面もあった。
24日衆院安保委での久間防衛相の発言だ。
久間防衛相は、核搭載艦の領海通過で
「緊急事態の場合はやむを得ない」
と述べ、災害時など緊急の際は事後報告も可能だとの認識を表明した。
核搭載艦船の通過は、安保条約上の事前協議の対象で、非核三原則にのっとり、日本政府は認められない…という見解を示していた。
久間発言はそれを突き崩すもので、野党からは猛反発も予想された…

ところが、無風に近い状態で、省昇格審議にも何ら深刻な影響を与えることはなかったようだ。
なんか…チャンスである。
小沢民主党がタヌキ寝入りしている間に、一気に「非核三原則」を核分裂させたいところだ。
麻生&中川コンビの核論議をめぐっては「議論せず」も含めた四原則ではないか、といった良識派の懸念も出ている。
また「持ち込ませず」を削り、少なくとも現実論として非核二原則に修正すべきとの真っ当な意見も出ている。
「持たず 作らず 持ち込ませず」
これまで我が国では、この非核三原則については、「持たず」と「作らず」の順番が逆ではないか…といった程度の幼稚な議論しか行われていなかった。
愚かである。
それが国民の生命と安全を守るうえで、何の役に立つのか?
…といった深い反省に立ち、新たな三原則を考えてみた。
「多核三原則」である。
標語はこんな感じで…
「持ちつ 作りつ 撃ち込ませず」
語呂的にはどうかな〜。
核兵器を量産して、列島に配備。更に中朝の核ミサイルを牽制することで抑止効果も生み出す。
我が国土にミサイルが飛来しないことが肝要なのだ。
非核三原則と多核三原則
国民の安全を守るうえで、どっちが有効かよく考えてみよう。
26日付け産經新聞は一面トップで、昭和12年の南京攻略戦を描いた映画が米国で製作されると報じている。それによると米AOL副会長のテッド・レオンシスなる企業家が制作し、年明けにも正式発表が行われる見通しだという。
まず問題なのは、このレオンシス副会長が捏造の語り部アイリス・チャンに刺激されて映画製作に乗り出したことだ。どんな不純な内容になるか簡単に想像がつく。
英霊・松井石根大将がヒーローとして描かれる可能性はゼロだ。
今年初めにも中共メディアがイーストウッド監督の手で南京攻略戦の映画がハリウッドで制作されるという全くの誤報が垂れ流された。これは誤報というよりも在米華僑団体と中共当局によるディスインフォメーション(=謀略情報)の色が濃かった。
今回は米国の高級紙が報じている点で、ある程度、確度が高いと思われる。
【反日集会の来賓レオンシス副会長】
テッド・レオンシスなる企業人がどうやって中共に取り込まれたのか?

産経の記事によると、10月末にメリーランド州で行われたアイリス・チャン記念論文コンテストに来賓として招かれたようだ。
この馬鹿げたコンテストを主催したのは、在米の反日華僑団体「世界抗日戦争史実維護連合会」だ。

同団体主催の即売会か…背後上に注目
こうした正体不明の組織がVIP待遇で迎え“両国の架け橋”などと持ち上げてオルグする手法は、我が国でも盛んに行われている。
あからさまな取り込み策動すら見抜けないのなら、まず企業家としての先行きは覚束ないだろう。株主は持ち株を売り抜けた方がベターだ。急げ!
なぜ、中共がAOL副会長の取り込みを謀ったのか?
今年2月にAOLは中国語のポータルサイトを開設した。その際、グーグルなどとは異なり、中共の言論規制には従わない方針を明らかにしている。反中的な姿勢が見られるものだ。
こうした方針に対して中共がAOLに強力な働きかけを行った可能性もある。実際に米AOL中文版で規制が掛けられていたら懐柔政策が進んでいることになろう。試してみた…
chinese.aol.com/
ここで中共が最も嫌がる熟語を検索してみれば判る。
「六四真相」と入れてみると…
大紀元を含め“危険な”サイトも引っかかってくる。規制はかかっていないようだ。米AOLの広報が主張する通り、レオンシス副会長の個人的な活動と判断するべきか。
続いてチベット虐殺=「西蔵屠殺」
おおっ、なんだ「屠殺鬼胡錦濤」とは…
すごいな〜
と思ったら当ブログではないか!
急に追及の手が緩んでしまったような…矛先を別に向ける。
【アイリス・チャンの怪談】
映画製作を伝える記事の中で不気味だったのは、IT企業のパワーエリートが未だにアイリス・チャンの捏造話を額面通り信じていることだ。

信用が失墜したとも伝えられるアイリスの著作が、焼き捨てられずに、今も米社会で影響力を持っていることに不安を覚えるぞ。
南京捏造本でベスセラー作家の仲間入りを果たしたアイリス・チャンは2004年の11月10日、自殺体で発見された。
死因は頭部への1発の銃弾だ。

葬儀のもよう
鬱病説が根強いが、そうなった原因については諸説ある。
第二作の『rape of nanking』で寵児となった彼女だが、第三作の『アメリカの中国人』で失笑を買い、デマゴーグの烙印を捺されたとも言われていた。
詳しい内容は不明だが「チベット・ウイグル・モンゴルは5000年前から中国の領土である」などと書かれているのだという。

アイリスが命を絶つ1年前、米タイム誌は書評で独善的な彼女の歴史観を「証拠の裏付けを欠く」と酷評。
「アイリスは過去の歴史を矯正し、改訂するというが、その目的は本書にこそ必要だ」とまで断罪している。
こうした批判を浴びてノンフィクション作家としての生命は幕を閉じ、それが精神面の不安定を呼び起こした…

いや、違うかも。
第三作で失敗しても、悪評は過去の著作に遡らなかった。まだ南京の捏造本は売られているらしい。
そこに秘密があると想像する…
あくまでも直感に基づく仮説だ。
アイリス・チャンが捏造本を書いたのではなく、アイリス・チャン自体が捏造された存在なのだ。
反日華僑団体が南京の捏造宣伝の為に、若く容姿端麗な女性ジャーナリストの中からアイリスに白羽の矢を立て「広告塔」として育て上げたのだ。

女性の立場からの“告発”は、政治的に有効だった。南京の捏造展示館に彼女の銅像が建てられた一件などは、死後もプロパガンダに利用しようとする計画を映し出す。

そして、アイリスは操り人形でもあるが、それ以上に彼女には徹底した洗脳が施されたと考える。
つまり、本当にレイプされたのはアイリスの脳なのだ。

それ故に、私怨に支えられた“告発”に力強さがあったのではないか?
こう想像するのは、何枚も残されたアイリスの写真のすべてに、どこか薄幸な、仄暗い影が感じられるからだ。
理屈ではなく直感である。
嘘の語り部になった自分を呪っていたようにも思えるのだ。

それが自殺の真相ではないか?
ならば、そうさせた真犯人は誰なのか?
答えは後半で…
【南京事件すら存在しない】
冒頭から「南京攻略戦」という表現を使っていることに説明を加えよう。
中共は南京大屠殺と表現し、我が国の反日ファシストは南京大虐殺、更に、良識派は南京事件。
表現は様々だが、事件とする捉え方も間違っているのではないか、と考える。戦時下の事柄であり、国際法上何ら咎められない出来事を「事件」と表現するのは変だろう。犯罪事実が一切ないのだから、決して事件ではない。
ただし、私服の遊撃部隊が物陰から日本兵を狙撃したケースなどは「事件」と呼称しても良いだろう。
昭和12年12月10日から13日にかけて我が帝国陸軍が行った作戦行動は、戦争の一局面であり、単に南京城塞の内部に展開する支那軍を駆逐したに過ぎない。城塞の攻略戦である。

整然と南京入城する我が帝国陸軍
縷々と南京攻略戦を巡る支那側の妄説を翻したいが、優秀なサイト・ブログで立派な解説がなされているし、虐殺説反論本も完璧な内容だ。
そこで、個人的に聞いた話を紹介しよう。
ある高齢の方から伺った話だ。
その方の知人は当時、陸軍の密命を帯びて日本兵としてではなく、支那人に偽装し、南京城壁に入った。陥落の翌日だ。
その日の印象としてひと言…
「全然、気が付かなかったなあ。大勢、人が殺されていたら、匂いとかで判るんだけど」
あっさりと言い放ったそうだ。
特に支那人に偽装していた点が重要だと思われる。若くて立派な体型の男性が歩いていても身に危険を感じなかったようなのだ。
鈴木明氏や東中野修造氏の著作も重要だが、一方で、こうしたさりげないエピソードを愛する。
【イーストウッド作品デマの顛末】
初めから嘘で塗り固められているのが南京のストーリーだ。
例え、日本側が完璧な反論をしても、中共はそれが正しいことを知っている。事実など最初から問題ではない、とするのが中共の態度である。
偽造の歴史であるからこそ、嘘の大宣伝が必要なのだ。連中は歩調を緩めることなく捏造話の再生産を謀ってくるだろう。
先にレオンシスが反日華僑組織に来賓として迎えられたことを問題視したが、その団体がイーストウッド監督の作品化デマでも深く関与しているのだ。
デマ拡大の経緯を簡単に振り返る。
「イーストウッド監督、メリル・ストリープ出演のハリウッド作品『南京クリスマス1937』が来年12月の70周年に合わせて世界同時公開される」
この記事は1月18日の上海紙『文匯報』に掲載され、翌日に読売新聞が報じたことで大騒ぎになった。保守系の論壇誌でも識者の懸念が取り上げられるなど深刻な問題として語られた。
それが中共の思惑だったようだ。
『文匯報』の報道から1ヵ月以上たった2月24日。
産經新聞ワシントン支局の解説委員・古森義久さんがイーストウッドの事務所に電話で進捗状況を確認したところ「そんなの嘘っぱちだ」との回答を得て、悪質なデマだったことが判明した。
更に古森さんはロスを拠点にするALPHAという在米支那人の政治団体が昨年12月に出した奇妙なプレスリリースを発見。
そこには、こう書かれていた。
「ハリウッドがついに『 南京クリスマス1937』という映画を製作することになった」
まったく同じタイトルだ。
つまり『文匯報』の元ネタはALPHAだったのだ。このALPHAは、98年頃にアイリスの南京捏造本の宣伝と販売に奔走していた団体だったという。
仕組まれていたものだった。
で、まだ続きがある…
ALPHAの上部団体が、米AOLのレオンシスを来賓招待した反日華僑団体「世界抗日戦争史実維護連合会」なのだ。
完全に今回の映画製作と繋がっている。
それだけに再びディスインフォメーションの可能性もあるが、同時に、この危険団体が再び反日謀略を企てていることに最大限の警戒心を抱く。
そして、この団体は新たなアイリス・チャンを生み出す可能性がある。
中共と連携して、反日策動を続けることは明らかだ。
共産党のプロパガンダ映画が、海賊版DVDとなって世界各国の家庭に流れ込めば、それは我が国にとって深刻な脅威となるだろう。
悪質な政治宣伝は国境を越えた瞬間、我が民族を深く傷つける砲弾に変わる。
英霊の名誉の為にも、未来を生きる我が民族の栄誉の為にも、汚染拡大する赤色プロパガンダを迎え撃たねばならない。
参考:(ネタ元)
古森さん大活躍です
国家安全保障を考える(第21回)www.nikkeibp.co.jp/sj/column/i/21/
日本国民の一人として誠に喜ばしい。
捜査陣に喝采を送りたい。

正当な捜査である 左側が在日暴力団員
27日午前9時過ぎ、警視庁公安部が朝鮮総連東京本部に突入した。その際、東京本部には総連の武闘派メンバー50人が集結し、捜査陣の前に立ちはだかって抵抗の姿勢を示した。

公務執行妨害で全員逮捕してOK
今に至っても「差別だ」などの妄言が通用するなどと総連幹部は考えているのか?異常な抗議風景を見て日本国民が同情を寄せることは、最早ない。暴力団紛いの犯罪集団だと改めて認識するだけだ。
それにしても気になることがある…
なぜ、午前9時の段階で東京本部前に大勢の武闘派が到着していたのか?

横断幕は備品ですか?
今回の捜索を前に疑惑の一報を伝えたのは同日付の産經新聞だった。一般家庭に配送されるのは午前4時前後だ。その記事を受けて急遽、総連のコワ面構成員に動員命令が出たとしても、僅か5時間で集結している事実は異常だ。
しかも、産経の記事には「きょうにも強制捜査」などとは書かれていない。

こちらは新潟 在日暴力団員の姿はなし
産經新聞の記事は公安担当記者のスクープと想像するが、それ以外に、公安情報が漏れていたとしか想定できない。
こうした部分に朝鮮総連の恐ろしさがある。やはり連中は強力な政治団体なのだ…壊滅させなければならない大きな理由がそこにある。
27日の捜査は、警視庁公安部による全国6ヵ所の一斉捜索だった。ほぼ同時に踏み込んでいる。詳しく言えば、公安部外事二課(総連担当)によるものだろう。
犯罪容疑は、点滴薬を不正に北朝鮮への輸出を企てた薬事法違反。
実行犯は総連傘下の有力組織である科協(在日本朝鮮人科学技術協会)の幹部の親族とされる74歳の女性だ。逮捕状が出ているにも関わらず実名が報道されていないのも奇妙である。
なぜ実行犯が老女だったのか?
【税関突破でオバさん暗躍】
74歳の女性は今年5月、新潟港に入港した万景峰号にアミノ酸点滴薬を密かに持ち込もうとした所、不正が発見されている。
NHKはじめ各メディアはその時の模様を隠しているが、産経の前ウチ記事によれば、大量の点滴薬を衣装ケースの底に敷き詰めて手荷物扱いで税関突破を謀っている。悪質だ。
万景峰号をめぐる高齢女性の暗躍については、過去の膨大な不正送金事件と重なる部分がある。
スポーツバッグに億単位の現金を詰め込み、税関の目をすり抜けて万景峰号に運び込んでいたのは有名なエピソードだ。
この際、“大活躍”していたのが主に関西系のおばさん軍団だったという。
税関職員が手荷物を開けてチェックしようとすると、数名のセットになったオバさんたちが「ひどい民族差別や」などと大騒ぎを始め、若い職員を威圧していたと言う。
おきまりの「騒ぎ組」である。
結果、チェックは手緩くなり、現ナマが持ち込まれるという仕組みだ。昨今は厳格な検査が進められていると伝えられるが、オバさんを使う総連の手法は変わっていなかったようだ。
今回の一斉捜査は「科協ルート」の解明に挑んだものだが、伏線となっていたのは、今年6月に起きた医薬品の不正販売事件だ。
そこには、つい最近も松本京子さん拉致事件で名前が出た北朝鮮の謀略機関が関係している。
【ルンラ888ルートを確保か】
6月27日、神奈川県警外事課は処方箋の必要な注射薬を北朝鮮企業へ不正に販売したとして都内の医薬品卸売り会社社長を書類送検している。
その会社とは朝鮮総連と密接な「東央コーポレーション」であり、社長は在日朝鮮人の李守哲である。
国賊・吉田康彦から「東央コーポレーション」社長・李守哲(偽装名・森本守哲)へのお礼の言葉
www3.ocn.ne.jp/~yy-dprk/newsletter35a.htm
この支援を装った化学物質持ち込みについては『週刊金曜日』で詳しくリポートされたようだ。筑紫哲也も同罪である。
さて、27日の捜査に絡んで、6月に朝鮮人社長が輸出していた先が明らかになった。
「ルンラ888」である。
正式名称「朝鮮綾羅888貿易会社」
金正日の必要な物資を調達する主席宮経理部の直属機関。外国からの輸入品を扱うダミー商社であり、また北朝鮮人民軍の100%出資とも言われる。
この北朝鮮の暗黒商社については、つい1週間前、松本京子さん拉致事件でも取沙汰されたばかりである。
「平壌で松本京子さんが働いている会社は『ルンラ888』である」との情報が公安に寄せられていたことが明らかになった。
現在、関連情報と合わせて慎重な分析が進められているが、27日の一斉捜査と「点と点」で繋がっているように思えてならない。
「ルンラ888」ルートの捜査・解明だ。
小泉訪朝直後に行われたキム・ヘギョンさん会見でもこの会社の名前が「父の働く会社」として飛び出した。北朝鮮専門家はすぐに「ルンラ」が「ルンラ888」であり、謀略機関であると指摘したが、取り立てて問題視されることはなかった。
だが、横田めぐみさんの夫とされる金英男が務めると自ら語る特殊機関が「ルンラ888」であった可能性は極めて高い。
また今年8月には北朝鮮への凍結乾燥機不正輸出で摘発された在日商社「明昌洋行」のカウンターパートナーも「ルンラ」の社員だったと見られている。
半年の間に「ルンラ888」絡みで次々に犯罪が明るみになっている事から、公安機関はかなりの情報を確保しているように考えられる。
しかも、数年前に一部の関係先が実名で暴露されているのだ。
【元副社長が明かした在日謀略商社】
1994年4月に韓国へ大物脱北者が亡命する。
姜成山元首相の娘婿で、ロイヤルファミリーにも連なる康明道だ。この康明道氏は短期間だが「ルンラ888」の副社長を務めていた。この人物に勝る説明はない。
康明道氏は今から8年前に文芸春秋社から「北朝鮮の最高機密」を出版している。その中で「ヌンナ888の正体」という副題で一章を裂いて、実態を暴いている。
康明道氏は、この本で在日の謀略商社を実名で告発しているのだ。
キョウワ貿易
諜報機関。同社の課長は韓国系だが、在日米軍と韓国の学生運動の情報を収集。この課長が訪朝すると三号庁舎が2人の高級将校を護衛に付けるほどの厚待遇。
ヒカリ貿易
横浜にある会社。同社の副社長は北朝鮮情報部のエージェント。副社長が平壌を訪れた際は、統一戦線部の課長が直接出迎えて接待。
錦華貿易商社
都内に本社があり、帰化した韓国人が社長。総連と密接な関係があり、貿易活動を隠れ蓑に情報活動を繰り広げている。三号庁舎からの指令で各種のビデオテープ、文書を収集。1ヵ月に一度以上のペースで訪朝。
90年代の情報であり、現在はどの会社も暴露された以上霧散していると思えるが、錦華貿易と同じ名称の会社は現在も神戸に存在している。

周囲にパチコン店があるだけで、同じだと断定する事は出来ないが…怪しい。HPなどがないのも怪しい。
わが国の公安機関も大手出版社から暴露本が出た以上、調査を行っただろう。また、康明道氏からも直接情報を入手しているはずである。
そこから指摘できるのは、過去「ルンラ888」に関係した在日系商社の情報を既に入手しているということだ。
「科協」と「ルンラ」
この2つを繋ぐルートが総連潰しの突破口になることを期待する。
【総連幹部を一人また一人と逮捕せよ】
恐らく、冬にかけて再び“人道問題”を掲げたエセ人権派は、北朝鮮国民の困窮を訴えて食糧・医療援助の必要性を声高に主張するだろう。それは政府が打ち出した独自制裁とセットにして論じられるのではないか。
今回の一斉捜索にさえ、点滴薬を奪ったことにクレームを付けてくるかも知れない。
しかし、医薬品が庶民に届かないことは誰の目にも明らかだ。医療支援を行ってたとされる「東央コーポレーション」も謀略機関に過ぎないのだ。
金正日が土下座しても、一品の援助品すら渡してはならない。今こそプレッシャーを強化すべき時である。

吠えているのは在日犯罪者か?
警備会社のマークも気になりますね
27日の一斉捜査は、翌日に北朝鮮から金桂冠が北京を訪れて米中朝会談が行われることを睨んだものだった可能性もある。そうであれば、絶妙なタイミングで我が国の意思を示したことになろう。
政府は「対話と圧力」で臨む方針を崩していない。その圧力とは、同時に「国内の北朝鮮」である朝鮮総連にも向けられるべきものだ。
金正日を締め上げるには、朝鮮総連包囲網を強化することが最も手っ取り早い策だ。6カ国協議で米中がいかなる妥協策を提示しようとも、総連への圧力を緩和してはならない。
そして重要なのは、総連幹部を段階的に逮捕し、金正日に恐怖感を与え続けることだ。
三島由紀夫、森田必勝の憂国の諫死から36年。日本列島に与えたその衝撃はどれほど大きなものだったのか…
事件から16日…「三島由紀夫氏追悼の夕べ」が東京・池袋の豊島公会堂で開かれた。
駆けつけた人々の数は開場時間までに5000人を超え、この日の追悼会は伝説となった。
それから36年。主に九段会館で開かれている「憂国忌」は、「追悼の夕べ」の舞台となった豊島公会堂で初めて開かれた。

午後6時半の開演を前にして、1階席は埋まり、急遽2階席が開放された。定員数から推測すると700人以上が詰めかけたようだ。36年という長い歳月を経ても、三島由紀夫の影響力は未だ衰えを見せていない。世代を越えて根強い支持者が生まれ続けている。

今回の憂国忌には、三島と親しかった女優・村松英子さんやチャンネル桜の水島総社長、文芸評論家の富岡幸一郎さんや山崎行太郎さん、そして愛弟子と言える宮崎正弘さんらが駆けつけ、三島との思い出や憂国の想いを熱く語った。
会場で宮崎さんの新刊『三島由紀夫の現場』を購入したが、サイン本は売り切れ、改めて宮崎さんがその場でサインを綴っていた。宮崎さんは36年前の「追悼の夕べ」で裏方として奮闘した方だ。ほぼ満席となった同じ会場を見て、どの様に感じられたのだろうか。

【民族派の知識箱】
三島由紀夫は文学者として膨大な数の作品を残した。大方の作品は読破したが、現代の軽めの小説とは異なり、いずれも重厚な純文学作品だ。難解な単語や格調高い言い回しと格闘した覚えがある。
三島・谷崎・川端は昭和戦後文学の最高峰として現在も揺るぎない評価を受けている。
だが、三島由紀夫が残したものはそれに留まらない。
文学者であると同時に、新民族主義の旗手であり、日本の保守思想を切り裂いた思想家でもある。

90年代のバブルの余韻が残る頃、評論家は度々、三島が語った「からっぽな経済大国」というフレーズを援用して、経済中心の日本社会を批判した。
また、自衛隊の海外派兵に絡んでは三島が打ち出した自衛隊二分論も取りざたされた。国連派遣用の部隊を予め設置する案だ。
ある評論家は、こう解説する。
三島の論文には、わが国のナショナリストが直面する難問への解答が悉く示されている。
本当か?
【三島由紀夫の「在日論」】
朝鮮総連・在日朝鮮人の問題について、三島が明確なコメントを残している…と言っても誰が信じようか。
それが、あるのだ。
日本文化と国体の関係性を語った有名な「文化防衛論」の中に不思議な一節がある。
「戦後の日本にとっては、真の民族問題はありえず、在日朝鮮人問題は、国際問題であり、リフュジー(難民)の問題であっても、日本国内の問題ではありえない。これを内部の問題であるかの如く扱う一部の扱いには、明らかに政治的意図があって、先進工業国における革命主体としての異民族の利用価値を認めたものに他ならない」
*新潮文庫『裸体と衣装』初版306頁
ズバリ本質を突いている。これは昭和43年に執筆されたものだ。今から38年も前に三島はストレートに語っている。
総連や反日メディアを攻撃する際の理論武装として充分に活用できるではないか…
なぜ、三島由紀夫が在日コリアンをめぐる問題に踏み入ったのか、簡単に補足しておこう。執筆前に、あの金嬉老人質事件が発生し“抑圧されて激発する異民族”が吹聴されたようなのだ。
金嬉老が“被害者である我々朝鮮民族”を訴えて殺人を犯しながらも一部で英雄視される事態を三島は重く受け止め、持論を披瀝したものと想像する。
この前段でも三島は異民族問題を語るうえでの前提を示している。
「敗戦によって現有領土に押し込められた日本は、国内に於ける異民族問題をほとんど持たなくなり、アメリカのように一部民族と国家の相反関係や、民族主義に対して国家が受け身に立たざるをえぬ状況というものを持たないのである。(略)従って異民族問題をことさら政治的に追及するような戦術は、作られた緊張の匂いがする(略)」
更にその4ヵ月後にも同じ問題に斬り込んでいる。
〜「反革命宣言」から抜粋〜
「左翼がいう、日本における朝鮮人問題、少数民族問題は欺瞞である。なぜなら、われわれはいま、朝鮮の政治状況の変化によって、多くの韓国人をかかえているが、彼らが問題にするのはこの韓国人ではなく、日本人が必ずしも歓迎しないにもかかわらず、日本に北朝鮮大学校をつくり、都知事の認可を得て、反日教育をほどこすような北セン人の問題を、無理矢理少数民族の問題として規定するのである」
朝鮮総連やそのシンパの危険性を三島は早くも感じ取り、その問題点をズバリ提示している。1960年代に、このような認識を持って警告を発した知識人が他に居ただろうか。
更に、三島は続く文章でも重要な指摘をしている。
「彼らはすでに、人間性の疎外、民族的疎外の問題を、フィクションの上に置かざるを得なくなっている」
総連が叫ぶ“我々の悲劇”が虚構であり、“強制連行”が嘘の神話に過ぎないことを三島は知っていた。そして、連中がフィクションのうえでしか主張できないと喝破していたのだ。後に嘘に嘘を重ねて行く悪行を予見していたかのようでもある。
注:ちくま文庫から『文化防衛論』が出版されているが、「反革命宣言」が含まれているかは不明
【反日ファシズムにNOを叫ぶ】
戦後の日本を否定し続けた三島由紀夫には、時折、深い絶望感も顔をのぞかせる。歪み切った世論形成に不快感を表すことも稀ではなかった。

英国の『QUEEN』誌に寄稿した論文には、極めて平易な言葉で不満が語られれている。
「私は日本の戦後の偽善にあきあきしていた。私は決して平和主義を偽善だと云わないが、日本の平和憲法が左右両方からの政治的口実に使われた結果、日本ほど、平和主義が偽善の代名詞になった国はないと信じている。この国でもっとも危険のない、人に尊敬される生き方は、やや左翼的で、平和主義で、暴力否定論者であることであった」
わが国の言論空間に疑問を投げかけ、三島由紀夫はそれに対して「知識人とは危険な生き方をするべき者ではないか」と考える。
この態度表明が後の「行動」に直結しているようにも見える。
では、三島が闘いを挑んだものは何だったのか?
30数年前、三島は思想戦で間接的に我が国が侵略を受けていると認識していた。
「私は自然に、軍事上の『間接侵略』という概念に達したのである。間接侵略とは、表面的には外国勢力に操られた国内のイデオロギー戦のことだが、本質的には、(少なくとも日本にとっては)日本という国のIdentityを犯そうとする者と、守ろうとする者の戦いだと解せられる」
当ブログでは「媚中派メディア」とか「中共の意を受けた売国マスコミ」などといった表現を好んで使っているが、三島からそれを「表面的で本質ではない」と叱れた気分だ…
三島が言う「日本のアイデンティティー」とは何なのか?
それは連綿と続く日本文化の同一性であり、その頂点に天皇があると考えられる。
我が国には、他の先進諸国にあるような右翼vs左翼の構図を越えた概念が存在すると捉えていたようだ。つまり、左翼は「リベラル」といった生易しいものではなく、国体・文化・伝統を破壊する一大勢力として想定している。
犯そうとする者vs守ろうとする者
ここに登場する「犯そうとする者」こそ反日ファシストであり、「守ろうとする者」の最大の敵が反日ファシズムである。
三島由紀夫の言葉を借りれば、守るべきものとは「真の日本」である。それは市ヶ谷のバルコニーに掲げられた三島の最後のメッセージ「檄文」に記された言葉だ。

自決の直前、三島は「真の日本」を「夢に見る」と叫んでいる。
*三島由紀夫研究会Webサイト『檄文』
www.nippon-nn.net/mishima/geki/
【文学作品は読まなくても良い?】
三島思想を理解するには、膨大な作品群を読まなければならないのだろうか?
読まなくても良い。
…と三島本人が断言している。
「盾の会」に参集した若者たちについて三島はこう評価している。
「俺の小説なんか全然読んでいないんだ。それが良いんだよ」
三島はそう言って豪快に笑ったそうだ。その頃会った複数の友人に繰り返し語っていることを見ると、本心からそう考えていたのは間違いない。
頭デッカチの文学青年への痛烈な皮肉であると同時に、決して「行動」に移らない同世代の知識人に向けられた非難の言でもあろう。
だが、紹介したように三島由紀夫が晩年に書き残した政治論文には緻密で現在にも通用する本質的なテーマが散りばめられている。「敵」と対峙する時の理論武装の書として極めて重要だ。
そして文学作品にも「英霊の聲」や「奔馬」など新民族派の先駆けとなる思想が苛烈な表現で綴られていて、見逃せない。
「奔馬」は、最後の長編大作「豊穣の海」第二巻だが、第一巻の「春の雪」を読まなくとも理解の妨げになることはない。
一冊を挙げるとすれば迷わず「奔馬」である。

来年の第37回も、再来年の第38回憂国忌も必ず開かれる。福岡憂国忌も同じだ。
自決間もなく開かれた「追悼の夕べ」、そして第1回憂国忌で発起人となり、陰に陽に支えてきた文化人の多くが他界した。
時間の流れには逆らえない。
しかし、新たに発起人として名を連ねる文化人も続々現れている。
憂国忌で配布される小冊子の最後のページには発起人の名が刻まれてるが、最近では
小林よしのり氏 水島総氏
西村幸祐氏 富岡幸一郎氏
八次秀次氏 黄文雄氏
など、活躍著しい論客たちを見出すことが出来る。
没後もこれだけの長きにわたってリスペクトされ続ける文学者・思想家は我が国では希有の存在だ。一方で、三島が投げかけた問いが何一つ解決されずに、残されてしまっていることの証左でもあろう。
三島由紀夫は生前「自分の行動は2、300年後でなければ理解されないだろう」と書いていた。
それについて、最大の支持者だった林房雄は憂国忌趣意書にこう記している。
「まず少数の理解者が彼の精神を想起し拡大する『憂国忌』に集まろう。『2、300年後』という嘆きを50年、10年後にちぢめて、三島由紀夫の魂を微笑せしめるために」

11月25日…
毎年、木枯らしが吹くと憂国忌が近付いてきたことを知る。時間が許す限り、来年も再来年も会場に足を運ぶだろう。
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APECのついでに南アジアを歴訪した屠殺鬼・胡錦濤は24日にパキスタンのムシャラフ大統領と会談した。原発建設で支援継続を申し出るなど胡錦濤はエネルギー分野で関係強化をはかったようだ。資源外交の一環である。

しかし、1億人イスラム国家のリーダーが、世界最大のムスリム虐殺国家・中共の指導者を喜んで迎えることに矛盾はないか?
中共が直接・間接的に葬ったムスリムの数はイスラエルよりも桁違いに多い。何か根本的な間違いがあるように思える。
パキスタン訪問に先立って屠殺鬼・胡錦濤は11月20日にインドの首都デリーに降り立ったが、シン首相は空港に出迎えなかったそうだ。見識が高い。

胡錦濤のインド訪問に合わせてインド各地で反中共デモが相次いだ。配信された写真を見る限り、その多くがチベット難民によるもので、特徴は胡錦濤を個人攻撃していることだ。

HU GO BACK, HU THE KILLER
まったくその通りである。
89年3月、ラサで民主化を要求するチベット族に対し、軍に「殺しまくれ」の大号令をかけたのが時の植民地政府トップ胡錦濤である。有名な話だ。

『西蔵日報』89年3月8日付け紙面には、軍服を着た胡錦濤が戒厳令実行部隊を引連れて歩く写真が掲載された。この画像が入手できれば、屠殺鬼に大打撃を与えられるのだが、残念なことに未だ発掘できていないようだ。中共政府が必死に古紙回収したとも伝えられる…
今回は、それだけではない。
【“国境紛争”招いた中共の膨張主義】
11月14日に中共の駐インド大使が、チベット族に喧嘩を売ったのだ。中共によるチベット侵略でインド人は漢民族と国境問題を抱えてしまった。その中でも未確定な北東部アナーチャルプラデッシュ州について、孫玉璽・中共大使はテレビ番組でこう発言した。
「すべて中国のものでアル」
紫色の部分が問題の州
当然、インド側は反発し「傲慢な交渉姿勢だ」と抗議した。
なぜ、胡錦濤の訪印直前にこのような非常識な発言をしたのか?
外交的には失策にも見えるが、確信犯的に煽ったのが正解ではないか。
ヒマラヤの高峰が南北の地域を隔絶させ、厳格な国境など存在していなかった。インド系もチベット系も緩やかに共存していたのだ。
お茶の産地で知られるダージリンが良い例だ。
ダージリンはもともとチベット密教僧の瞑想場所だった。つまり、人影が殆どない僻地で、インド人も気にしてなかったようだ。適当な態度こそが正しい。
それを変えたのはイギリスの植民地政策であり、更に深刻化させたのは、遥か当方からやって来た漢民族の中共政府だ。
3000年間ヒマラヤに隔てられていた中華文明とヒンズー文明を衝突させ、なくて良い混乱と緊張を生み出し続けているのが、中共の膨張主義である。
アジアの国々にとって害悪でしかない。

今回デモに参加したチベット族も、まず第一に“国境問題”を取り上げ「それはインドとチベットの問題である」と訴えていた。

イスラムの廟を訪問した屠殺鬼夫妻
胡錦濤はタージマハールのあるアグラも訪れたが、そこでも抗議活動が巻き起こっている。

アグラの滞在ホテルにも突撃
胡錦濤来日の際には、我が民族も参考にしたい行動力である。
【アジア核拡散の元凶は中共だ】
北朝鮮の核実験強行に絡んで、反日メディアを中心に珍妙な言説が流布されている。
「印パが98年に相次いで核実験に踏み切り…」
完全な間違いである。
何かを隠そうしていることが見て取れるようだ。
インドが核実験を行ったのは、32年前だ。西部のポカラン砂漠で74年に地下核実験をおこなったのが最初。パキスタンとの核競争から、核クラブに仲間入りした訳ではない。
ここに反日メディアが隠蔽している事実がある。

インドの核開発は64年の中共の核実験を受け、その軍事的対抗手段として研究が進められた。中共の核はソ連だけではなく、50年代後半から紛争が続く大国インドにも向けられていた。
多くの東トルキスタン住民を犠牲にして強行した中共の地上核実験に、インド政府は震え上がったのだ。
インドが核を保有する理由はそれ以外にはなかった。抑止核としてスタートを切ったことは明らかだ。
そして、インドの核武装がなければ、パキスタンが核開発を進めることも絶対になかった。
事実を時系列で並べれば簡単に理解できることだ。
更に懲りることなく、中共は核開発を進める北朝鮮を側面支援し続けた。中共による金正日体制支援がなければ、北朝鮮が核武装に走ることはなかった。
ハッキリ言おう。
アジア核拡散の主犯は中共である。
極悪の中共政権がこの地球上に存在しなければ、アジアに核が広がることは決してなかった。
これを反日メディアは直視せよ。
【アジア民主国家の連帯こそ正しい】
安倍首相は自著『美しい国へ』の中でインド・豪州などとの連携強化を訴えていた。それに反して、政権発足後にシナ・韓国を外交デビュー先に選んだことは意外だったが、ようやく動き出したようだ。
11月25日には経済担当の根本匠首相補佐官がインドを訪問し、商工相との会談が決定している。これは安倍政権が打ち出している「アジア・ゲートウェイ構想」を具体化させる第一歩だ。
更に、12月13日にはインドのシン首相が来日し、日印首脳会談の開催も決まった。日米豪印4カ国の戦略対話が進むことを期待する。
安倍首相は「自由と民主主義」といった基本的価値観を共有する国家との連携を公約に掲げていた。やや遅いスタートとなった嫌いもあるが、着実に前進させて行くべきだろう。
中共や反日ファシストにとって眼に痛いのが「自由と民主」である。特にインドは世界最大の民主国家だ。
ぜひ、仲良くしたい。
インドが親日国である好例を紹介しよう。
朝日新聞が4年前に日本駐在インド大使を招いて行った講演でのやりとりだ。
第1回「大使と語る会」
アフターブ・セット駐日インド大使を招いて
朝日新聞側の質問
日本の軍国主義復活ということに対して非常な懸念を持っているという論調がアジアの新聞で見受けられます。インパールでは日本軍が攻め込んで、激しい戦いもあったわけですが、インドでは日本の軍国主義復活の懸念がどの程度あるのでしょうか。
セット駐日大使
インドにはそういった懸念はありません。そもそも両国は、軍事的に衝突したこともありません。むしろインパールやコヒマでは、日印の兵士がともに戦った。
ですから、靖国神社に行くと、チャンドラ・ボースによってつくられたインド国軍の兵士の様子も展示されています。インドは日本の軍事的なプレゼンスを一切経験していません。(略)
もっともっと日印で防衛協力をしていきたい。不安定な力がもしこれから生まれてくるなら、台湾海峡、あるいは南シナ海で現状をよしとしない勢力の動きだろうと思います。
現状に満足しない、そして海軍力を持つ国々に対して、抑止力として日本が果たす役割は大変大きいと私は思っております。
www.asahi.com/international/aan/hatsu/hatsu021031.html
質問者はインパール攻略戦にインドの英雄チャンドラ・ボースが我が帝国陸軍の先頭に立って進軍したことすら知らなかったようだ。
朝日の歴史知識はこんな低レベルなのか…
質問は愚かしいが、答えは立派である。
大東亜戦争について正しい認識を抱いているのがインドである。ズバリ、植民地解放戦争だ。
これだけでも我が国が中印のいずれと握手すべきか判るだろう。
インドに花束を、
そして中共に死を!
自民党の復党問題がコジレてきたようだ。90%党内の問題で国民は外野で見守っているが、23日には中川幹事長と中川政調会長がガチンコして、面白くなってきた。
結論は週明け。ってことは今週末の政治討論番組も、この話題でヒートする。肝は23日のW中川対決だが、22日の秀直・平沼会談決裂の前後から各者の発言を復習してみた。
【基礎編】
10月29日 『報道2001』にて
秀直
「郵政民営化の実現を支持することが絶対条件であり、二度と反党行為を行わない条件で、しっかり総括をしてもらわないといけない。その踏み絵はしっかり踏んでもらう」
踏み絵
1:郵政民営化への賛成
2:安倍首相の所信表明の順守
この頃はまだ大もめになるとは予想されていなかった…それが22日の直談判に前後して激動し始める
【前哨戦】
11月21日
平沼赳夫
「私も国会議員なので、多数決で決まった郵政民営化の法律は認めなければならない。しかし、やり方には無理があった。踏み絵にすることには納得がいかない」
秀直
「オープンな場で復党希望者に語ってもらい、国民の理解を得ることも必要になるかもしれない」
11月22日午前
平沼赳夫
「(関連法案が)衆参両院で可決されたことは議会人として厳粛に受け止めないといけないが、成立過程で大きな問題があったと思っており、法案そのものには決して心から賛成の立場でない」
「踏み絵を踏まされるのであれば、やむを得ない選択につながる。ほかの(造反組議員の)意見を聞いて冷静沈着にやる」
【直接対決】
22日夕方
国会内で秀直・平沼会談 1R25分
秀直幹事長が、復党希望者は昨年の郵政解散での反党行為を自己批判し、郵政民営化をはじめ安倍政権の公約を順守する…との誓約書を提出するよう求める。
対する平沼赳夫元経産相は、厳しい復党条件に回答を留保。
会談では合意に至らず結論は先送り…
【余波】
22日夜 会談後
平沼赳夫
「(郵政民営化賛成を)明確に書くのは、なかなかハードルが高いなという感じはしている」
秀直
「わが党は信念を曲げるわけにはいかない。平沼氏も信念の政治家ということで敬意を払っているが、私どもは譲れない」
会談決裂後の記者会見で秀直の口から“信念”という言葉が飛び出す。
そして翌日、なぜかイキなりW中川がバトル状態に…
【論戦飛び火】
23日
秀直in広島
「平沼先生も信念の政治家と敬意を払っているが、わが党も信念を通さなくてはいけない。昨年の(郵政)政局から1年しかたっていない。お互いに信念を譲らないのも政治の本来あるべき姿かもしれない」
国士・中川in岐阜
「われわれの同士、一緒になってやろうじゃありませんか。なんか総括しろとか、反省しろというと、なんか天安門事件を思い出すんですけども。政治には、最後には情ってもんがあるだろうと」
注:平沼赳夫=趙紫陽説
解説:
鄧小平「天安門事件で武力弾圧に反対した罪を認めるなら復帰を許す」と3通の手紙送る
趙紫陽「反対は信念に基づいたもの」と拒否
【延長戦】
24日午前
国士・中川
「昔の仲間だ。情というものもおのずから出てくる」「党三役もそれぞれルールの中で発言をしている。逐一同じことを言うと、どこかの国みたいになるではないか」
注:どこかの国→中共
秀直が反論
「国民との約束を実行するためには非情覚悟でやらなければならない。自民党は仲良しクラブではない」
「情だけが支配することになれば、国民から相当の批判を受ける」
【収拾不能】
同24日午前
久間防衛相
「自民党に入りたい人は1人でも2人でも入れたらいい」
青木参院会長
「(造反組が昨年の特別国会の)衆院本会議で法案に賛成したことは最大の意思表示だ」
「来年の参院選目当ての復党ではなく、人情論でいっている」
菅総務相
「郵政民営化は小泉改革の本丸として国民に訴えてきたのだから、(造反組に)賛成してもらうのは当然だ」
片山参院幹事長
「国民が注視しており、(条件を)言うのはいいが、まとめてほしい」
秀直が火ダルマになってきたゾ。人情と信念を天秤にかけたら、ムード的に人情に軍配があがりそうだが、どうなることやら。
きのう深夜の段階ではW中川のバッティングを観測気球と見る向きもあったが、一夜明けると、そーでもない。
虎之助の「まとめて欲しい」というツッコミが簡潔で要領を得ているが、 秀直はもっと口汚く反撃してヒートアップさせよ。
面白くなって来たなあ。
【当事者反応】
平沼赳夫
「いろいろ相談をして。地元にも帰りますしね」
造反組議員12人が24日対応を協議したが結論でず
【24日のW中川記念2ショット】

微妙な距離である


by terawarosuwktk
【玉川大の英断】恩知らず朝鮮…